福田日出彦さんの声

写真:福田日出彦さん
オーディオシステムの前で

今回のお客様インタビューは、リオネットセンター博多のお客様で、桐朋学園大学名誉教授・元新日本フィルハーモニー交響楽団運営委員長・首席トロンボーン奏者の福田日出彦様です。


福田様は音楽を専門にした大学で教鞭を取られていたとのことですが…

桐朋大学で音楽を教えていました。専門はトロンボーンです。


音楽をお始めになったきっかけは?

小学校のとき戦場に出征する兵士を送ったり、また戦場から凱旋した兵士を迎えるときの信号ラッパを吹く事になりました。それが管楽器との出会いでした。 当時は楽器が少ないだけでなく、楽器を納めるケースもなく建具職人に木で作って貰っていたことがありました。立派なケースに仕上がるのですが重い…


戦後間もない時は海外からの新しい曲をどのようなルートで入手していたのですか?

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東宝交響楽団に所属していたころのことですが、丁度楽団が入っていた建物の横に GHQが接収した建物があり、楽団が練習する音が聞こえていたようです。
そのGHQよりわれわれへ駐屯地の慰問演奏の依頼があり、演奏旅行が始まりました。
アメリカから新しい曲の提供があり、それを知ったロシアも競うように曲を提供してきました。既に冷戦が始まっていたのでしょうか(笑)。おかげでアメリカ・ロシアの作品の初演によって多くの聴衆を集めることができました。

新日本フィルオーケストラの初代運営委員長をお勤めになられたとか…

昭和47年に国連本部で演奏を行うことになり、その直前に組織されたのが新日本フィルオーケストラです。主席指揮者小澤征爾氏のバトンのもと、テレビでおなじみの「オーケストラがやってきた」の山本直純氏等との演奏活動となりました。
主席指揮者を引き受けてくれた小澤征爾氏とオーケストラの愛好者を増やすということで活躍した山本直純氏、この二人のおかげでオーケストラに大きな実力がつきました。
その結果、国連本部での演奏やアメリカ・ヨーロッパでの演奏も成功裏に終えることができました。


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山本直純氏のCDと福田様
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お気に入りのCDたち

福田様は絵画もお好きとか?

マティスやピカソなど自然を表現しているものを見ると音楽との共通性を感じます。表現方法が異なるだけですね。そのような観点からみると最近は各々が個性を出そうとして曲をいじり過ぎて癖が出過ぎ、自然志向が不足しているように感じています。

福田様にとって音楽とは何でしょう?

私の人生そのものと言えます、私をここまで育ててくれたのは音楽です。


その中で補聴器はどのような存在なのでしょうか?

いま音楽を楽しむことが出来るのはまさしく補聴器のおかげであると思っています、
また補聴器は私の耳でもあります。


これからの補聴器に望まれることは?

人は脳で音を聞いており、まだ順応性があると感じています。補聴器というハード面だけでなくその順応性を引き出すようなプログラムができればいいですね。 そのためにも補聴器は私たちが元気で生きて行くひとつのツールであって欲しいと思います。


音楽のプロでいらっしゃる福田様。音には人一倍のこだわりをお持ちで、それは補聴器を通して入ってくる音についても同様です。福田様にとって‘人生そのもの’とおっしゃる音楽を、これからも補聴器と共に存分に楽しんでいただきたいと思います。